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キャパ

 今日はちょっと「考察の時間」。

 と言うのも、4月のPerfumeのライブ、真駒内セキスイハイムアリーナのチケット、 4月12日(土)のチケットは、おそらく完売。4月13日(日)のチケットは、やや残っている状態。まぁ、まだ時間はあるので大丈夫かなと思われる。

 ただ、もう少し先を考えてみようと思う。僕の考えられる範囲で。

 おそらく、真駒内セキスイハイムアリーナ、ステージセットの分を考えるとキャパは7000人くらいでしょうか(知らんけど)?それの2days。ピーク時だと、これくらいのキャパは余裕のグループのはず。ただ最近は色々な事情で行きずらい部分があると思う。

 まずはチケット代金。これはまぁ全体的な部分でもあるのですが、ここ最近のライブのチケット代金はやや高め。そこで断念する人も多少はいるのかもしれません。

 そして、宮城でもあったようにアクセスの問題。真駒内セキスイハイムアリーナは札幌圏ということもあり、そこまでアクセスが大変という訳でもない。ただ昔よりもバスが減便している。昔はライブが終わったあとでもバス会社が特別シャトルバスを出してくれていたと思うのですが、今はどうかな?となると地下鉄が混み合うのかもしれませんが、、、う〜んどうかなぁ。。。駐車場はそこそこあると思うので。。。車でも行けるような気もするが。まぁライブの開始時間も早いので、アクセスはそこまで気にするほどでもないような。。。

 あと、僕は既にチケットをゲットしてるから、そこまでチェックしていないのだけど、最近はある程度人気のあるアーティストでも、コンビニにライブの広告を貼っている模様。あれは広告費はかかると思うけど、広告を毎日見る人もいるから効果は結構あると思う。

 もう一つ気になるのは、どうかなぁ、、、これは人によると思うのですが、Perfumeの場合、ファンクラブに誘導したがる傾向性がややあるのかな。もちろん好きな人ならそれでもいいのですが、チケット目当ての人からすれば別にファンクラブに入らなくてもチケットはゲットできる。もちろん近くで観たいのならファンクラブの方が有利にはなるのですが。ただこれはPerfumeに限った話ではない。そこはもう少し工夫を(人はそうそう簡単には金を払わないと思った方がいい)。

 あと考えられるのはねぇ、、、札幌圏の場合、学校の入学式は4月8日くらいが多いようだ。日にちは別として、この時期はそういったこともあり何かと物入りな時期かもしれません。もちろんファン層にもよるのですが、4月はやはり色々とある人が多いのかもしれません。

 とまぁ、色々書きましたが、実際にライブに行かないと分からないこともあります。僕の場合、バンドのいないライブはやや避ける傾向があります。理由はバンドなしのダンス系のパフォーマンスの場合、近くで観ないとよく分からない部分もあります。結局モニターで観るのなら、、、って感じになってしまうので、ここ十数年くらいはバンドのライブしか行っていない。バンドのライブなら、どこにいても音を楽しめる(今の時代は特に音が良い)。

 でも、4月13日は大丈夫だと思うけどなぁ。楽しみにしています(^_^)

 ヨロシク!!

バロメーター

 今日もこのバンドの話をしようと思う。

 僕は個人的には、このバンドは気に入っている。そしてもう一つそう言えるバロメーターというのがあって、それは変態(仮称)の出方である。

 たぶん変態(仮称)の場合、気に入らない場合、よく分からない「自我を発動」させると思う。ただこのバンドに関しては変態(仮称)は自我を発動させていない(どういうバロメーターじゃ!)。むしろ応援してるようにも思える。特に歌詞に関してはJoJoに良くなっていくのは分かり切っていることだ。

 ただ何かしらの手助けはJoJoに必要だと思う。あいにく僕はミュージシャンではないので手助けはできないし、変態(仮称)だと逆に自我が発動してしまうと思う(知らんけど)。

 誰かこのバンドに力を貸してくれる人いないかなぁ。

 そうだなぁ、かつての亀田誠治さんのように「我慢、忍耐、責任感」のあるベーシストで、結婚していて子どもがいる人がいいかもね。

 そんなバロメーターの人、どこかにいないかなぁ。。。

レイヤーの話(質問)

 さっき自分の漫画のレイヤーがどれくらいあるか数えてみた。僕はフルデジで漫画を描いているのでアナログと比較するとレイヤー自体の数は多いように見えてしまう。

 なのでアナログの場合はそこんとこ変換して考えてほしい。

 このページ。レイヤー数は28個である。

Screenshot
Screenshot

 先ほども言ったとおり僕はフルデジなのでペン入れも数個作ることができる。スクリーントーンもそれぞれ別レイヤーとしてカウントされる。このページは大木常五郎の服だけがスクリーントーンなのでレイヤー数は一つ。全体のレイヤー数としては少なめである。

 自分の描いている漫画のレイヤーの話はここまで。さてここからが本題。レイヤーの話ということでは変わらないのだが、「音楽のレイヤー」に関する話しを逆に聞きたい。

 簡単に言うと、今どきの音楽はレイヤーを重ねるほうが一般的なのでしょうか?もちろん音楽の種類によって考え方が違うと思うし、デジタルと生音によっても違うのかもしれないのですが、正直ワシにはわからん(^_^;)

 例えば、この曲。

 このCD(配信)のレイヤー数は100個くらい?でしたっけ?実際のライブの音をレイヤー数にするといくつくらい?

 で、僕が聞きたいのは(ちょっとややこしいが)、バンドがCDとライブで使用するレイヤー(アレンジ含む)は、どのくらい変えていくのだろう?ってことです。

 ぶっちゃけ言ってしまうと、このバンドがCDを作る時、そこそこのレイヤー数が必要なのか?ってことを聞きたいのですよ。

 個人的にはね。この曲は気に入っているのですが「今どき」の音作りの現場では、色んな音を重ねていった方がいいのかい?それはそういったスタジオやMacbookなどの「環境」が必要になってくるのかい?

 まぁ、ライブに行く人の身となれば、CDの音とライブの音は違っている方が楽しめるように思える。ただ使用している楽器は現状ではバンドメンバーの生楽器のみの仕様となっている。その状況でレイヤーを重ねていくことが可能なのか?必要なのかがよくわからんのですYO!

 じゃぁ、ヨロシク。

誰かの歌

 「預言」なんてものは本当に存在するのだろうか?

 ただ一昔前は音楽が「自分にとっての預言」だったのだろう。「教訓」とも言えるかもしれない。

 ユーミン、お正月に(酔っ払いながら)書いたお便りのこと覚えているでしょうか?最近、紅白歌合戦で福山雅治さんがおっしゃっていたことの意味が段々分かってきました。

 結局、「自分のための歌」。過去も現在も未来にも「自分のための歌」が存在する。それがある意味「予言」だったりするのでしょう。

 最近Apple Musicに再度登録し、適当に音楽をかけてみた。

 中島みゆきさんの曲をかけてみて、ふと思ったのが、「あっ、これユーミンのための曲じゃん!」て思った。ホレ!実際ライブで龍の背に乗ってたし(後頭部にも見えるが)。

 この歌詞をたどっていくと、まだまだ何かやらなきゃいけないことが沢山あるみたいです。武部さんも。

 今日はそれだけで〜す!!

NAEBA 2025の感想

 今日はちょっと早いけど「NAEBA 2025の感想」を書きます。「Y-topiaの感想」も含めてね。

 まずは、ユーミン、松任谷正隆さん、武部聡志さん、小田原豊さん、今井マサキさん、遠山哲朗さん、浜崎賢太さん、小林香織さん、佐々木詩織さん、スタッフの皆さん、学生スタッフの皆さん、お疲れ様でした。とっても良いライブでした。今年のY-topiaもとっても楽しかったです。

 まずは何を書こうか。と考えていたのですが。とりあえず上記の「おじさま方」の言葉を代弁してみようと思いました。Y-topiaのVTRを観ていて、たぶん「おじさま方」は、こう言いたいのかな?間違っていたら申し訳ないのですが、

 「佐々木詩織さんのパフォーマンスはとても良かった」っていうことを言いたいのだと思うのですが、いかがでしょうか?合ってますか?

 僕はミュージシャンではないので、ミュージシャン仲間同士の言い回しというものは、よく分からないのですが、Y-topiaを観ていると何となく「おじさま方」が佐々木詩織さんをゴリ押ししているように見えたので、たぶんミュージシャン仲間的には佐々木詩織さんのパフォーマンスは最高だったのでしょう。

 僕も最終日のライブを観る前までは「おじさま方」につられて、そのように書こうと思っていました。ただ実際フタを開けてみると、確かに佐々木詩織さんのパフォーマンスもとても良かったのですが、皆さんのパフォーマンスも良かったです(正直だろ)。そりゃメンツがメンツだけに、、、そうなります。てか結果的に「おじさま方」が一番目立っていたのかもしれません(・ω・)

 さて、ユーミン。僕はよく「ユーミンに心を読まれているのではないか?」と思う時があります。ライブもそうですが、ラジオでも「描く前の漫画の内容まで言わんでくれ!!」って勝手に焦ることもありました。たぶん僕にも若干そんな力があるのかもしれませんがユーミンには到底かなわないです。

 僕はある時、変態(仮称)が結婚してしまった時、すっかり動揺してしまって、真っ先にお便りを書いたのはユーミンでした。きっと何となく僕は「ユーミンなら助けてくれる!」と思ったのでしょう。その時のタイミングみたいなものもあったのか、Twitterで「Y-topia」の宣伝をしていました。「こんな楽しいコンテンツがあるのか!!」って思いましたよ^_^。それから毎年Y-topiaの配信を観ています。

 あの時、ユーミンに書いたお便りの中で、一つだけ書いてなかったことがあります。僕はたぶん変態(仮称)が結婚したことよりも、その時変態(仮称)が喋っていた「言葉」の方が気になっていたのかも知れません。

 この本の57ページあたりかな。

 もしかしたら全然違っていたのかもしれませんが、その時はそう思ったんですね。「書き過ぎた」と。

 普通なら僕はそんなところでは全然何とも思わない(むしろ嬉しい)のですが、あの状況だとやはり難しい。なので離れることにしたんです。つまり「書かなくなった」っていうことです。KANさんが亡くなる前までは。

 今回のライブやY-topiaを経て、僕も亡くなった人のために何かしようと思いました。

 思いつきではありますが(^_^;)

 「ボーイフレンド キムラ編」という漫画を描きます。これは本編の続きの話になるのですが、内容と登場人物と世界が違うので、このようにします。ちなみに僕は「番外編」という漫画も描いているのですが、あれはダジャレづくしの漫画で、ひたすらダジャレを言いまくる仕様になっております(結構難しいんだけどね)

 「ボーイフレンド キムラ編」。まだプロットもアウトラインも作っていないのですが、大体の構想は頭に入っており、最初の登場人物は「キムラさん、三人組の女性、ショウさん、ジュリちゃん」といったキャラです。シバキなどはありませんが「決め台詞」みたいのはあります。

 そんな感じで(どんな感じじゃ!)、来年もY-topiaヨロシク!!

 武部さんは、ずっと松任谷夫妻を守ってあげてくださいね!

 今日も、とあるバンドの話を書こうと思います。ちなみにNAEBA 2025の感想は今年のY-topiaが終了してから書きます。

 そのバンドというのは4人組のガールズバンドのこと。この子達は今はインディーズなのだろうか?メジャーなのだろうか?知らんけど(*^^*)。まぁ、それは今は別にどっちでもいいです。

 この子達についてはねぇ、、別に特に言うことはないんだけど。そうだなぁ、、、じゃぁちょっと方向性は違うかもしれないけど、今日は皆さんに「時」について僕自身の考えを書こうと思います。

 皆さんは「時」「時間」とは何だと思いますか?別に難しい質問ではなく、アインシュタインも相対性理論も関係ない話です。

 僕が「時」「時間」について、いつもそう思っている(思うようにしている)ことがあって、それは「時間とは、人が作った概念」だということです(アナタも読んだことがあるでしょ)。

 もちろん、人には時間というものが古来からあって、人はいつの頃からか、それに従って生きています。まぁ、その方が便利だしね。

 ただ、人の心と時間は必ずしも比例関係にあるとは言えない。それは何となくわかるでしょ。

 そうだなぁ、昔はネットもSNSもなかった時代だから、余計そう感じていたのかもしれないけど。昔はねぇ同じ年齢くらいのミュージシャンでも、すごく年上に見えていました。もちろんその業界だから敏腕プロデューサーが関わっていて、「そう見せる」みたいな部分もあると思いますし、そういった「像」を作ることだってあったのかも知れません。まぁそれもエンターテイメントですから、良くも悪くもそういった部分もあります。

 ただ、「等身大」というのも何か違うように思います。例えば「10代の等身大」というのは何となく共感できるかもしれませんが、それが20代、30代、40代、50代ともなると、もはや等身大もクソもなくなるでしょ。なのでちょっとばかりエンターテイメントを意識した方がいいかもしれません。それが度を超えると逆に面倒だと思うのですが。それにファンもそれぞれ年を重ねていくので、もしかしたらどこかの段階で「時に追い越される」なんてこともあると思うんですね。

 で、ミュージシャンの良いところってのがあって、それはたぶん「時に依存しない職業」であると思う。もちろん年齢も重ね、外見も声も変わっていきます。世の中色んな出来事が起こります。ですが、そういった出来事も紡ぎながら(ここ重要)、エンターテイナーがずっとエンターテイナーでいれるということ、やはりそれはハッピーなことだと思います。たぶんそれはきっと難しいことだと思うんですね。ミュージシャンによって色んな考え方があると思うのですが、「時に依存しない職業を何十年も続けられる」というのは、ある意味「時間とは、人が作った概念」であるということを体現しているわけですから、、、僕的には凄いことだと思います。

 で、その4人組のガールズバンド。まぁ、気が向いたらライブに行ってみようかな。

 今ではないけどね^_^。

 

伝わるLet It Be

  今日はとあるバンドの話をします。僕はあるバンドをメジャーデビュー前から応援しています。メジャーデビュー後の曲も聴いて僕自身はとても良いと思っています。

 ただ僕自身はそのバンドのライブには行ったことがなく、はっきりと断言はできないのですが、おそらく「ファン」と呼ばれる人々の声は、なんとなく分かる。

 「このバンドは、もっと高く飛べるはずだ!」と。

 では、なんでこのバンドが現状、もっと高く飛べていないのか?もちろんメジャーデビューしたばかりというのもありますが、ただこのバンドのサウンドはメチャクチャ良いです。

 「なんでだろう?」と色々考えてみて、僕なりに思うところが一点だけあります。おそらくその一点だけです。

 「歌詞(言葉)が伝わってきづらい」その一点だけ。

 こう書いてしまうと、「日本語で上手い感じの歌詞書けばいいのかよ!?日本人にしか伝わらねぇじゃねぇかよ!?」と思うかも?しれませんが、そういうことではない、そういうことではない。

 じゃぁ、例としてザ・ビートルズの「Let It Be」を聴いてみるとしよう。

 聴いてみた?

 この曲、別に訳さなくでも「伝わる」でしょ。しかも、ほとんど「Let It Be」しか言ってない(*^^*)。

 僕は最近「ボーカリストとは何か?」と考えることがあります。僕が思うにボーカリストとは「言葉(歌詞)を伝えるための楽器」だと思う。まぁ言い方は色々あると思うのですが。。。ライブに行く時とかって、CDや配信と違って歌詞を聴くというよりか、ボーカリストの声(音)を聴いている感じがする。ただそれでもボーカリストの言葉はちゃんと伝わっているのが不思議。

 そうですねぇ、、、最近聴いた曲だとユーミンの「GREY」。結構バイブス強めだと思う。そう!「バイブス」が重要!だと思う。

 お友達のバンドも、なかなか良い感じの「バイブス」だと思います。

 ボーカリストのボーカリストである所以(ゆえん)

 では、次はライブで会いましょう!乱痴気!

 

GLAYのライブに行ってきたよ

 今日はGLAYのライブに行ってきました。

 チケットには「2階スタンド」と書いてあるが、実際にはアリーナ席を1階と考えた場合、どちらかと言うと3階に近い。

 「きたえーる」には、それほど多く行ったことはないのですが、大体アリーナ席にいることが多かった。ただ、きたえーるのスタンド席は座席シートがふかふかしていて心地良い。音にも全く影響がなかった。

 さてGLAYのライブ、今回初めて行きました。

 そうですねぇ、今回のライブ、ホームグラウンドということもあるとは思うのですが、「非常に安定している」と思いました。

 それはどういうことかと言うと、演奏は勿論のことなのですが、それと同じくらいファンが安定している。僕の推測では「かつてのGLAYのファンだった若者が、時を経た今でもGLAYのファンなのだ」と言った感じなのですが、いかがでしょうか?

 スタンドからアリーナ席を眺めていると、アリーナ席のファンのノリが、あまりにも揃っている。きっとアリーナ席の人たちは「昔からGLAYのライブを知っている人たち」なのでしょう。

 層的には、比較的落ち着いている層なのですが、きっとかつてはGLAYやラルク、LUNA SEAに狂っていた(熱狂)人たちなのかも知れません。

 ミュージシャンのファンというのは、時が経つにつれ少しずつ変わっていくものだと思っていたのですが、GLAYの場合、かつてのGLAYファンが今でもGLAYファンとしてライブに参加してくれている部分が多いのでは(体力あるなぁ。。。)?その光景はまるで「GLAYとファンが、同じ道路を同じスピードで走っている」ようにも見えたり、互いが鏡のようにも見えたりする。

 そして、GLAYはファンが喜んでくれることをし、ファンはGLAYが喜んでくれることをするのでしょう。

 もちろん、ライブというのは自由であるべき場所。ただ今回のライブを観ていると、GLAYとファンとの間に「愛」を感じたよ。

 ちなみに「STUDIO HISASHI with Anime」については検討中(兄貴の気持ちも分からない訳ではないのですが。。。😅)

 

オマージュ

 最近、色んな記事やラジオを聴いていると、何やらミュージシャンの「オマージュ」、つまり他のミュージシャンの曲の要素を使用する行為について若干気にしてる様子が見られます。

 ただ、ぶっちゃけ世の中なんて何かしらのオマージュだと思いますが。

 でもやはり、特に「プロ」と呼ばれる人達はそこんとこ迷われる様子。

 たしか桑田さんがラジオで言っていたのかもしれないけど、「一度ビートルズを聴いたヤツは、自身が作る曲もビートルズみたいになってしまう」らしい。

 まぁ、どうなんでしょうねぇ、、、「オトナブルー」がOKなんだから大体OKなんじゃない?

 たぶんアレでしょ「アウト」が分かればやりやすい訳でしょ!逆算すればいいだけだし。

 しゃあねえなぁ、じゃぁ究極の「アウトじゃねぇか?」と思われる曲、実はすでにKANさんが作っております。もちろん「シャレ」で。

 以前も何かで紹介したと思うのですが、

 この2曲はコード進行?(よく分からんが)が同じです。

つまりこの2曲は全く同じ曲であると言えるでしょう。

 ただ実はこれは秦基博さんとKANさんが共作で同じコード進行?の曲をあえて作ったのです。シャレでね。そうでなければアウトですよね。

 この2曲が合わさると、こうなる。

 

くわしくはこちらで、

そしてこうなるということです。

 

 で、それでもやはりプロと呼ばれる方は気にされると思います(当然ですが)

 それはきっとオマージュされた人がご顕在だからということと、その曲を知っている人がお健在ということですね(知らなきゃ言わんだろ)。

 でもKANさんの曲って、結構ビリー・ジョエルっすよね(まぁ、ファンなんだし、そうなるでしょ!)。別にねぇ、それでも何も言われんし。いいんじゃない。

 そんなこと言ったら、和田唱さんなんて声質自体(喋り声の方。ゆっくり喋ると)がKANさんのオマージュになってしまうでしょうに!今度ロックボンソワに出てほしいわ。

 

 ただ逆にオマージュって、その時代を知ってる人からしたら、とても懐かしい感じがして聴きやすい部分も多いです。なので全然OK!だと今回のGLAYのアルバムを聴いて思いました。

 ライブも楽しみです。

追伸

それでは皆さん、KANさんと秦基博さんのやり方を理解した上で、そのやり方をオマージュしてみてくださいね。期限は来年中(結局3曲出すことになるのだが)。

もし出来たら、その曲の入ったCDを買おうと思います。

ヨロシク!

バックグラウンド

 これからお話しすることは、本来ならバックグラウンドで書くような内容なのですが、なんとなくこちらで書こうと思いました。

 最近、とあるミュージシャンの「洗脳騒動」みたいのがありますが、個人的には別にどうでもいいような話です。

そもそもあれを本当に洗脳と呼んでいいのかどうかも微妙。

 

 ただ当時そのミュージシャンのライブに何度も足を運んできて思うことがあるとすれば、唯一の救いは「ライブは面白かったけど、音はそれほどでもなかった」ということです。

 もちろんバックグラウンドでも何度かお便りで書いたと思いますが、ミュージシャンのプレイがいくら良くても、それをお客さんに伝えるのは裏方の仕事。

当時は、その裏方の仕事が全般的に良いとは思っていませんでした(特にホールでは)。

 それはやはり、いろんなミュージシャンのライブに行ってみて、比較してみた感想です。

当時はライブ自体は面白いんだけど、音がぼやけていた。

会場に入るとスタッフさんの雰囲気がピリピリしすぎて、いずらかった。

ライブ中にスタッフさん同士の話し声がやたらと聞こえてライブに没入できなかった。

 特に音の通りについては、当時は今ほどライブの音のクオリティが高くなかったにせよ、できるだけ音を追求して良くしようとするミュージシャンもいました。

そういったミュージシャンのライブの音を聴いていたこともあったせいか、どうもあの当時のあなたライブには裏方の強さをあまり感じられなかったように思います。

 

 であれば、「そのライブに行かなければいいじゃん!別のミュージシャンのライブに行けばいいじゃん!」って思うかもしれませんが、ステージに立っているミュージシャンが悪いわけではない。

 ただ何となくモヤモヤしていました。

 ここからは、多少自分の思い過ごしもあるかもしれませんが、ちょっとばかりお付き合いください。

 そういった気持ちもありながらもライブには行っていました。

ある時のライブ。僕は最前列の席に当たりました。

本来であれば、すごくワクワクするところだと思いますが、僕は全然良いと思っていなかったのです。

何と言うか、こう言ったら失礼かもしれませんが、最前列にいながら、なぜみんなが盛り上がっているのか理解できませんでした。

もちろん初めて来られるお客さんや、信者の方でしたら、そうなるかもしれませんが、僕は「この盛り上がりと、ライブのサウンドが一致しない」ように思えました。

僕はライブに何度も行っていましたから、そのミュージシャンの方が近くに来られても驚きもせず、モヤモヤした気持ちもあったので、ただただ恥ずかしい気持ちでした。

「今回のライブが最後だ」と思っていました。

 ただ最前列だったから、、、やはりミュージシャンが目の前にいるというのは、何だかあれは不思議なもので、自分のモヤモヤした気持ちをまるで見透かしているようなミュージシャンがいました。

ギタリストの弥吉 淳二さんです。もちろん僕の思い過ごしでしかないことなのですが、すごく僕はやよっしーに心の中を見透かされてしまっているような感覚だったんです。

 もう亡くなられてしまった。結局僕がとった行動は「思ったことは、そのミュージシャンに伝える」ということでした。僕がよくあなたにお便りを書いていた時、あの時のやよっしーの像も思い浮かべることがありました。

そして「これでよかったんですか?」とか考えることもあったんですよ。

 今日の文章は。読み手にとってよく分からない文章だと思います。

 端的に言いますと、例のあの人とは二人三脚で頑張ってきたと記事には書いていましたが、「音へのこだわり、ライブへのこだわりは、それほど強くなかった人。」ということだと思います。

そして「自分が思ったこともロクに言えないというのは、すごくモヤモヤすることだ。」ということです。

僕にとって「洗脳」とかは別にどうでもいい話です、僕は「コロナにかかって、声が出ない人のライブに行くほど信者ではない」ので。