







今日はこの記事について考えてみる。

GACKTさんのXでの記事である。やっぱGACKTさんは書いてくれると思ってたわ〜(^_^)
今回はタイトル通り「仕事とAI」についての話である。プライベートではAIを使おうが使うまいが別にどっちでもいいからだ。
今やこっちの会社でもAIを使った仕事が増えてきそうだ。やはりAIを上手く使った方が仕事の効率は良いと思う。同じ資料作りでも手作りで数日かけたとしても、AIは半日くらいで作り終えてしまうだろう。しかもAIで作った方が見栄えが良かったりもする(かもしれない)。
ものすごくドライな言い方をしてしまうと、仕事というのは本人の技術、適正、そしてAIを使った作業も含めて「回せばいい」と僕は思っている。いくらそのスキルに対して情熱や技術があったとしても仕事を回すことができなければ金にもならないし、プライベートな時間も作れまい。その回す力が今の時代、人の力だけではなかなかできない部分が多いのかもしれない。優秀な人が沢山いる会社なら別なのかもしれませんが、そうもいかないところもあると思う。
もしかしたら、これから新たな会社で夢を追いかける新入社員とかもいるかもしれないが、それが自分のやりたかった仕事であろうがなかろうが仕事を回すことができなければダメだと思います。そのためにAIはかなりの武器になりえる。
とはいえGACKTさんのおっしゃることもよく分かります。要するにAIを使っていくら良い作品を作っても、その会社やクリエーターに対して、どこか「外面(そとづら)だけ良く中身がない」ようにも見えてしまうかもしれませんね。今回の作品についてはそうでないにせよ(GACKTさん気使ってるなぁ)、この先の未来にはそんな風になってしまうことを危惧してるのかも。
まぁ、クリエーターとはいえ仕事ですから、時間、コスト、売上げに追われ、じっくり時間をかけて技術を磨いたりすることよりもAIを使ってでも仕事を回していかなければならないのかもしれません。クリエーターの難しいところですね。食べていかないといけないし。いくら時間をかけて良い作品を作ったとしても売れなきゃアレだしね。
今のAIは人間が作るより、もっと良いものを作れるのかもしれません。ただ恐れなければいけないのはクリエイター自身(ミュージシャン含む)がAIで作られた作品を見て「素晴らしい」と思ってしまうことじゃないかな。そうなるとクリエイターが考えて作る意味などなくなる。
ちなみに今日Museにちょっと漫画を作らせてみました。それを見て僕が思った感想は「自分で描いた方が面白い!」でした。どうやらAIは漫画描くの苦手らしい。
今日は10月23日に日本でも利用できるようになった、パーソナルAIの「Muse」のレビューでもしようと思う。ただ細かいことは別のところでも説明しているようなので、詳しく知りたかったらそちらでも良いと思う。
ここ最近ではチャッピーを始め、色んなところでAIを見ることが多くなった。こっちの会社でもAIを使って資料を作っているらしい。で、それらのAIとMuseとで何が違うのか?
「パーソナルAI」というわけですからMuseは個人特化型のAIである。ちなみにチャッピーなどのAI、使うには使うのだが個人的には別になくても困らない。ただ世の中がなぜあんなに大騒ぎするのか考えてみると、やはりそれはビジネスを加速させることができるからなのだろう。
MuseがなぜパーソナルAIなのか?通常のAIのような使い方もできるが、レスポンスを考えるとMuse以外のAIの方が通常使いには合っていそう(Museのレスポンスは割と遅い)。Museが得意とするところ、それは個人が行う作業を代行してくれることでしょう。
今日はGメールとOutlookのメールソフトの2011年以前のメールデータの削除と、OnedriveとGoogledriveのファイルの全削除をMuseに頼んでみた。以前まではそれらのツールをよく使っていたのだがMacとiPhoneを使ってからそれほど使用しなくなった(icloud使うからね)。だがOnedriveとGooglrdriveに入っているデータが膨大にあり、クラウド容量を月額支払いしていたのだ。今となってはドライブに関しては全然使っていない。とはいえ自分でコツコツ削除作業をするには時間がかかる。なのでそれらの削除作業をMuseに任せた。
もう一つは旅行検索、全然予定はしてないが年末年始に車でどこかに宿泊旅行にでも行こうかMuseに相談したらMuseが色々調べてくれて結構納得できるプランを見ることができた。Museのスゴイところ危険なところはここからでMuseの場合そこ(Museから)から旅行予約もできてしまうのだ。もちろんユーザーに確認をするのだが、間違って予約することもありそう。
つまり、MuseというAIは自分の代わりに作業をしてくれる。そのかわり当然のことながら自分のIDやパスワードもMuseが知ることになる。仮に旅行会社のIDやパスワードをMuseに渡してしまうとMuseが予約することもできてしまうのだ。そこら辺が注意しないといけないところかな。ただ自分の代わりに作業してくれるAIは便利である。appleのリマインダーとも連携できるのでMuseと相談しながら同時にタスクも入力できる。
そんな感じかな、ただ何でもそうだけど、くれぐれもIDとパスワードの取り扱いは注意が必要である。
今日はちょっと不思議な文章を見つけた。
JAF Mateに掲載されている松任谷正隆さんのコラムの話である。

これはJAF会員になっていないと読むことができない冊子である。なので内容は伏せて書く。
今回の松任谷正隆さんの文章の何が不思議なのか?一言で言うと「例えが本文のようになっている」ところだと思う。要するに「例えが長く本文が短い」構成だと思う。実際皆さんが読んでみないと伝わらないところなのだが。。。
通常、メインとなる文章があり、その中に「たとえて言うなら」とか「まるで○○のようだ」とか書くのが一般的だが、この文章は違う。メインとなる文章よりも例えの方が長いのである。正隆さんのコラムは毎回欠かさず読んでいるのだが、このような文章構成は異例である。
おそらくこれは「イメージ」に対しての具体的な事例を書いているのだろうと思う。なので今回のコラムはまるでその時その時のメンタルがどう現実に反映されているのかという例なのではないだろうか。
しかしこれはなかなか高度な例えだと思う。
この文章がどう高度なのかを紐解く例を書こう。せっかくだから来年のライブのチケットが取れたメリクレットで例えてみよう(別にメリクレットでなくてもいいのだが)
前回のライブ、その時のライブの構成、曲順、衣装、グッズにいたるまで、そのライブのテーマだったり、「ライブ」だということでやっていることもあると思うのだが、正隆さんはそれを函館本線に例えているようなもんである。しかもそのライブの話より、例えである函館本線の話の方が長いのである。
そんな思考回路を持っているのが松任谷正隆さんという人物だということである。
要するに松任谷正隆さんは「良い意味で」変人だと思う。
人は変化に敏感な生き物である。
今日はこの記事について考えてみよう。

僕は「時間というのは単なる人の概念」であると思っている。その事をチャッピーに話したら「あるのは変化だけ」というコメントをしてきた。なるほどねぇ。。。もちろん逆パターンの意見もある。
おそらくAIには物事を変化させる力があるのでしょう。今回の場合は数学である。それが人よりも何倍も速い。そしてその変化に対して人は驚く。GACKTさんも例外ではない。
人はその変化に対して、もしくは変化を起こした者に対して、喜びや驚き、嫌悪感を抱くのでしょう。そしてGACKTさんがそれに対して人の道を諭すのも面白いと思います。
そう言えば僕も最近は「葬送のフリーレン」や「プラダを着た悪魔2」を観て変化を楽しんでいるような気がします。「プラダを着た悪魔2」に出てきたレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵画。今の時代になってもあの絵に対しては新たな考察がなされているようです。レオナルド・ダ・ヴィンチからしてみれば「知らんがな」って感じなのでしょう。
人の変化はAIに比べると非常にゆっくり進む。ただ目の前に起こる変化に対しては敏感な生き物だ。
どうやら世間では緊急システムメンテナンスがなされているらしい。あまりニュースを見ていないのでよく分からないが、こっちのサーバーでも緊急システムメンテナンスが行われている。
だが、ブログは書けるようだ。
今日はこのアルバムを聴きました。

一つ一つの曲の感想と言うよりは、このアルバムを聴いた僕自身の心の状態を書こうと思う。
まず今回のブログのタイトルであるが、ネットで色々調べてみてもしっくりこなかった。なので「このような感じになりましたぜ」みたいなタイトルにしてみた。
これは特にマイナス的な意味ではなく、僕自身に置き換えて考えてみると、とても重要な感覚なんだと思う。
創作。今日も漫画の続きを描いていた。僕にとっては創作することによって得るものはあまりない。むしろ失われたから作っている。
漫画を描き始めた理由も、コロナ禍中に僕の中にあるものが失われたからである。おそらくコロナ禍なんてものがなければ僕は漫画を描いていないだろう。
失われる感覚。喪失感、虚無感なんて言葉もあるのだが、創作者の失われる感覚は、そのどちらでもない。むしろ失われる感覚があるから作り続けているようなものだ。
このアルバムを聴くと良い意味で僕の中の何かが失われる感覚がするのだ。なので今日は多めに漫画を描いた。
もしかしたら創作者というのは、そういった感覚がなければつとまらないものなのかもしれませんね。
まぁ、そこが今のaiko(さん)のスゴイところだと思う。
ちなみにCDは明日届く予定。
最近はディズニープラスで動画を観ている。最初はパイレーツ・オブ・カリビアンを観るつもりで登録したのだが、どういうわけか以前から観たかった「葬送のフリーレン」まで観れるみたいだ。
葬送のフリーレンのセリフは良い。今日観て良かったセリフは「必要なのは覚悟だけ」。葬送のフリーレンの主題歌ってYOASOBIなんだってね。来月チケットが余ってたら行ってみようかなぁ。。。でもドームは面倒だなぁ。。。とか考えている。
さてさて、秋ですねぇ。なんだかこの時期はとても疲れます。なのでしばらくの間あまりSNSを見ないようにします。情報が多くて疲れます。次の漫画のキャラクター以外はシェアを解除しました(そのうちまたシェアするよ)。秋は何でこう疲れるのだろう?日照時間が短いからなのか、それとも寒いからなのか。
しばらくネットで映画やドラマやアニメでも観ようと思います。なんだかその方が楽である。
ではでは。
今日のタイトルは「あの日のエピソード」です。
僕の漫画のタイトルは「ボーイフレンド」。あれは知っての通り変態(仮称)の曲名なんですね。だから当初は変態(仮称)のエピソードを漫画にしようと思っていました。
ところがいざ描こうとしても変態(仮称)のエピソードがあまり浮かんでこない。唯一浮かんできたのは「禁煙大賞」と「ライブで骨折」のことだけ。「なんでだろう?」と思って変態(仮称)のライブの内容を思い浮かべてみたら大体は「下ネタ」か「人の噂話」か「ファンとの会話」だったと思います。変態(仮称)自身のエピソードというのはそれほど多くはない。なので最初の頃はKANさんのエピソードにだいぶ助けられた。とはいえ今となっては僕も多少は創作もできるようになったので色々組み合わせながら変態(仮称)のエピソードを作れる気がします。
そう言えば変態(仮称)にはこれまで何千通ものお便りを書いてきましたが、最初の頃僕の頭の中にあったエピソードは何だったか知っていましたか?色々書いていたので(ほぼ自分のことですが)よく分からないと思いますが、その根底にあったのはやはり「紅白」だったと思います。最近ではあまり紅白に興味がないミュージシャンも多いと思います。ただ当時僕は変態(仮称)が紅白に落選したことについて本人の中でどのように思っているのか知りたかったのと、もう一度紅白の舞台に立ってもらうことを頭の中で描いていました。実際本当にまた紅白に出られたことが嬉しかったのと、その時変態(仮称)にも書きましたが、あれはその時その時の選ぶ人の主観ですので、たとえ落選したとしても別に落ち込む必要はない、別にそれで変態(仮称)がダメということではないということを伝えたかった。それに変態(仮称)の話では確か「日本中がノンビリしてる時に、仕事があることが嬉しい」と言ってたわけですしね。
最近よく考えるんですねぇ、、、ほらミュージシャンって大きな会場でやったり、紅白出たり、海外のフェスでやればそれなりに箔が付く。サラリーマンであれば出世して役職などがつけば箔が付くものです。それはそれでいいのですし否定はしないのですが、もう少し「根本的なキャリア」について考えてみてほしいんですね。
もちろん大きな舞台に出れば「キャリアに箔が付く」とも言われますが、それがなくなった時に本当の「根本的なキャリア」が生きるんじゃないかな。それが今を支えているんじゃないかな。
とは言えもう何回かは紅白に出れると思いますよ。その時は素直に喜びますけどね。
とまぁ、今回は変態(仮称)について書きましたが、これは別に変態(仮称に)限った話ではありません。
例えて言うなら、ボクシングの試合で僅差の判定で負けてしまったとしても、別にあなたがダメというわけではない。また根本的なキャリアを積み上げていけばいいだけだと思います。それだけの話です。
※根本的なキャリアとは、単なる「職歴」や「出世の道筋」ではなく、仕事を通じて経験やスキルを積み重ね、自分らしい生き方を実現していく「継続的なプロセス」そのものです。
今日は平日である。平日の私は朝から晩まで仕事をしている。当然と言えば当然である。仕事が終わったら少しノンビリしたり、ジムで筋トレしたり、もしくは漫画でも描いたり。そんな時間を過ごしている。
ただ平日の私が仕事をする上で唯一作った時間がある。ジムに行く時間でもなく、漫画を描く時間でもない、それは「仕事が終わってからライブに行く時間」である。そんなことが可能な職業、会社、場所をあらかじめ選んでいる。
とはいえ、仕事が終わってから札幌までライブに行くことは滅多になく、大体は有給でも取って行くのが良いと思う。直近で仕事が終わってからライブに行ったのは去年のリンドバーグのライブのみである。
平日の仕事終わりに札幌の中心部に行くのは正直面倒くさい。計算上18時前には駐車場に着くのだが、渋滞だったり信号だったりで待ったりするのがイライラして疲れるのだ。なのでそのようなことができるとは言え、なかなかそんな気にはならない。
ただ今日はメリクレットの「ちぺ」が「札幌オータムフェスト」で弾き語りをすると言うので行ってやりました。僕としては「札幌オータムフェスト」というイベントには全く興味がなく、会社の経費でやらない限りまず行くことはないだろう。とりあえず会場に着いたはいいが出店やら人だかりでなんだか「うぜぇなぁ〜」なんて思いながら歩いていました。
まぁ、とりあえず「ちぺ」が歌う会場に着き、すでにもう歌ってたのでなんとなく聴いてました。ちなみに私が「ちぺ」単独の(ライブ)イベントに行くのはこれで3回目である。タダなので^_^
そうですねぇ、、、今日の弾き語りライブはなかなか良かったです。なぜなら「私の空間」が見えたから。「私の空間」とは何ぞや?なかなか説明するのも難しい。私だけかもしれないが、何となく音楽のライブを聴いている時に「入り込む感覚」があるんですね。その音楽に入り込むと言うよりは自分に入り込むような状態かなぁ。それはユーミンのライブの時でも変態(仮称)のライブの時でもあります。そういう状態のライブは、私にとっては良いライブだったと思っています。
「私の空間」、今日の「ちぺ」の弾き語りを聴くまでは、イライラしたり、面倒だったり、人だかりがウザかったりしてましたが、それはきっと「私の空間」というものが、そこにはなかったからかもしれませんね。そして今日の「私の空間」はコレでした。


「ちぺ」の弾き語りを聴いているうちに何となく気になったんですね。単なる木がライトアップされていて綺麗だったんですね。普通に歩いている時には全然気がつかなかった。気がついていたとしても、そこに音楽がなければ、何も感じなかったのかもしれない。
たぶん本当は人それぞれに「私の空間」があり、人によっては今日歌っていた「ちぺ」が私の空間だったりする人もいるし、「ちぺ」の音楽を聴きながら酒に酔いしれている人もそうなのかもしれませんね。
今日のライブは何だか緊張してる様子も見えたけど、そんな「ちぺ」におせっかいながら「あなたの空間」を撮りました。SNSでも上げたけどね。


お客さんの写真はアップできないので、その上を撮りました。ステージから見たらこんな感じだったかな。って思って撮りましたよ。
次の漫画の執筆も終わり、これからネームを描いていこうと思います。
今回は執筆段階で「小説作成ソフトNola」に「AIアシスタント」機能ができたようなので使ってみた。

このようにAIアシスタント猫が出てきて、執筆の手伝いをしてくれるようだ。今回はこのAIアシスタント猫に「ボーイフレンド第31話」の執筆の感想を聞いてみた。






とまぁ、こんな感じでやんわりと感想を書いてくれるわけだ。当然「もう少しこうした方がいい」みたいなことも言ってくるよ。
自分の執筆は漫画の執筆なので脚本形式になってしまう。描写は絵でやればいいし。そのうち小説みたいな執筆もしてみたいものだが「地の文」が理解できなくて、、、
そうそう!!石原さとみさんの「校閲ガール」、Amazon Prime Videoで観れた!やっぱ校閲ガールは内容もいいしオシャレだよねぇ。あれって「漫画のドラマ化」だと思ってたけど、実は「小説のドラマ化」なんだってね。小説も全巻そろえてみようかなぁ。
ああいったドラマ、どうやって小説にしてるんだろう?いやいや!小説をドラマにしてるわけだが・・・やっぱ「地の文」が気になるんだよね。小説ではどんな描写してるんだろう?
「赤いスカーフ」「紺色のジャケット」とか書いているんだろうか?う〜む気になるぅ。
さて話は変わりますが、今年はもうライブに行く予定はございません。来年また会おう。しばらく自分のことでもしようと思う。まぁ漫画描いて、ジムで筋トレするくらいだが。
それでは〜