原作と表現

今日のタイトルは「原作と表現」。まぁ、大体こんな感じのことを書きます。

 よくドラマやアニメのオープニングで「原作〇〇」「作〇〇」なんて書いてあったり、音楽なら「曲先」「歌詞先」なんて言葉が流行ったりしていた。今日書く話はそれよりもう少しパーソナルな部分の話をしようと思う。

 前回書いた「3DCG」の話、自分の中ではそれは表現の一つであって、その根幹には何かしら原作のようなものがあるように思える。

 

 皆さんはAdobeのイラストレーターってソフト知ってる?グラフィックスソフトの一つでロゴやイラストなどのデザインに使用するんだけど、昔それを教本を読みながら一生懸命覚えた時があったんですわ。

 ある程度練習して、いざ自分で作品を作ろうとしたんだけど、全然思いつかなくって。「もしかしたら、その元となる絵か何かが必要なのでは?」と思い、絵を描こうとしたんだけど、何を描けばいいのか分からず、「ワシャ何のためにイラレを覚えたのやら」ってときがあったんですね。

 今考えると、イラストレーターというソフトは表現をするためのソフトで、元となる絵もまた表現だったんだな。きっともっと深いところに原作のようなものが存在していて、僕はそれを作らないといけなかったんだと思います。

 僕は漫画を描いてはいるんだけど、誰かに漫画の原稿用紙を渡されても漫画を描けないんですね。絵を描こうと思っても、いきなり描けるという訳ではない(デッサンは描けると思うが)、つまりAdobeのイラストレーターのことを例にあげて考えてみると、僕にとって漫画は表現なんですね。その根幹には別のものが存在する。僕の場合それは文章なんですわ。

 まぁ、さらに掘り下げると文章ですら表現の一つとも言い切れなくもないのですが、とりあえず僕は文章でシナリオを書いて、それを元に漫画を描く人間らしい。

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