リアリティの痕跡

 今は新千歳空港に来ている。

 今日の空港は人がやたらと多い。しばらく空港には来ていなかったが、いつもこんなに多いのだろうか?

 今はもうマスクをしている人なんて、ほとんどいない。

ホント、元の日常に戻ったみたいだ。だいぶ前から戻っているかもしれんが。

 

 今このブログを書いているのは、国内線と国際線の間の通路。

 やっぱ混んでいるせいか、新千歳空港と言えど、なかなかじっくり書く場所がないのだが、国内線と国際線の間の通路は結構空いている(通路だしね。座る場所はあるよ)。

 以前ラジオで聞いた話なのだが、コロナ禍以前、KANさんは札幌でラジオの収録があるたびに、わざわざ飛行機に乗って札幌まで来ていたそうだ。ラジオ番組なので東京のスタジオで収録しても同じだと思うかもしれないが、KANさんが言うには、やっぱ現地に行くのと行かないのでは違うのだそうだ。その地域ならではの雰囲気があるのだろう。

 KANさんはロックボンソワの収録のために、何度もこの空港を行き来していたのだろう。そういったラジオ番組を聴いていたので、僕も新千歳空港にKANさんのリアリティ痕跡を拾うためによく遊びに行っていたものである。実際には見つからないけどね、空港だし。まぁ感覚の問題ですな。

 もしかしたら人は、自分のことよりも誰かが残した痕跡のほうが記憶に残りやすいのかもしれない、いまだにジョンレノンの辿った痕跡を追っているミュージシャンもいるくらいだからね。音楽でいうと「ひまわりになったら」という曲があるが、そういった感じなのかもね。文化遺産とかもそうだと思う。

 まぁ、自分が空港に行ったら行ったで、それが自分のリアリティの痕跡となっていくわけだから、また何度も行って楽しめばいいさ!

 Macbookを持ち歩くと現地での執筆ができるから、リアリティの痕跡を残しやすいかもね(知らんけどね)